日本文化構造学研究会

Research Center for Japanese Culture Structural  Studies 

 

当会最新 公式サイト開設

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書籍 日本文化「自然の構造」 

最新情報、読者会向け情報 など公開

 

高度文化施設 限定公開

京都文化力プロジェクト 実行委員会 会員・認証事業

「京都文化力プロジェクト」は、内閣官房・文部科学省の「beyond2020プログラム」を基本に、

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等を契機として、日本の文化首都・京都を舞台に行われる文化と芸術の祭典である。

京都府商工会議所 協力事業

 

日本文化「自然の構造」出 版


 読者会制度  並びに 関係者 公開  最新情報掲載

出雲大社 神宝「硬玉勾玉」

京都国立博物館「開館120周年記念 特別展覧会 国宝」出品
国宝「 火焔型土器」  

縄文文化の象徴   漆 勾玉 土器

日本文化象徴 公式画像 特別拝受

日本文化構造学 

日本文化の 総体  歴史信仰 を知るため の 京都総学

京都検定受験者・合格者 学習を深める   日本文化 京都総学 の 創生

 

本研究会 サイト は、京都府商工会議所 より 協力事業として 公式 認定されております。

会議所「京都観光・文化検定試験」専用サイト の「 これから京都を楽しみたい皆様へ  京検厳選・京都情報  」と リンク  しております

”京都・観光文化検定試験”・”京都検定” は 京都商工会議所 の 登録商標  です

主催:京都商工会議所  後援:国土交通省近畿運輸局・京都府・京都市・京都府教育委員会・京都市教育委員会・(公財)大学コンソーシアム京都 

 

京都総学 とは、京都の歴史文化信仰の基礎である、日本古代史や日本神話、インド・中国の古代思想や

釈迦仏教・孔子儒教と、日本思想・哲学や京都文化とのかかわりを、構造的に理解する総合的な最先端人文学とその実践のこと

 

 京都を主に、我が国の歴史文化信仰について大学教授・研究者の学識を基にした共同研究。

伝統継承の技能師・芸術家との交流、並びに京都検定関連の解説史実調査や、歴史貴重な

山岳寺院の学術顧問など、多様に受託する。関連し、それら方々のブランディングのため

報道機関への発信、撮影とDTPで、Webサイト、プレゼンシート・パンフ・書籍をデマンド制作する。

文化共生のため、ご縁を生かす知見とITで、会員活躍をクロスメディアに発信し研究を実践する。 

 

日本文化構造学  研究会 Research Center for Japanese Culture Structural  Studies 

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当会は『日本文化構造学』によって初めて「日本文化の原理」を構築しました。国内外への日本文化の総体と文化的教訓の発信を目的に、縄文時代~近代までの国史・

著書など正統で膨大な情報を基礎とし、考古学、記紀、古代史、神への信仰、日本語、文学から体系、仏教・儒教はその発祥から我が国での変遷を通観しております。

さらに著名な諸先生方との交流や教授研究会での成果を併せて総括。現在、講座や普段の解説のために表現を一般化したものを分野に応じて個別に編集し出版中です。

また、その研究を通じてご縁となった歴史的価値の高い貴重寺院の災害復興や、伝統工芸の文化的価値の発信、京都検定関連の解説校閲・学習啓蒙にも活用中です。

本『日本文化構造学』研究会サイトでは、会の研究成果の情報共有のため概要を掲載、また上記の歴史文化関連の最新情報について各ページでご紹介しております。

 

研 究 会  告  知

 

日本文化の 健全なる 総合的理解、並びに   読書 啓発・図書館 の 利用促進、文化力強化、京都検定など 歴史学習を 目的とし以下出版 

挨    拶

 

まず、あなたへ、質問させてください             もし、あなたが日本人なら

 

日本語の文字 といえば、主に漢字とひらかな、カタカナですね

毎日、読み書きしているので、あまりにも日常的な話と思われるでしょう

でも、日本語の文字たち3種類には、「日本文化のこころの 構造 が 秘められていると、言われたら どうでしょうか?

特に「ひらかな」は、その 構造 の 中心 です。

しかも「日本人のこころ」が 創りだしてきた歴史 や 信仰、文化も、日本語の3種類の文字と同じ 構造をもっています。

 

おそらく、そんなこと 考えたこともない と、答える人が、ほとんどでしょう。 

実は、私たちも、日本文化について、様々なことを考える前は、そうでした。

例えば、和食の代表である お寿司にも、日本語と同じかたち(構造)をした「日本文化のこころ」があるといったら どうでしょう 

 

日本語の「ひらかな」にあたるものは、寿司では「」です。

ここで、どんな意味か  わかった あなた 

その答えが、『古事記』に書かれた日本神話の神々とも 共通する、日本古来から の 文化であり、こころ の かたち だと気づいたら 、

もう、これ以上読まなくても 結構です。失礼しました。 

なんのことか まったくわからない  あなた  

心配はいりません、とりあえず、日々の生活には影響ないでしょう。 日常は、数字 と 煩悩で 過ぎていきます。 なぜでしょうか?

 

でも、今の日本について根本的な課題を考えているあなた 日本人としての目的を探しているあなたには、手がかりにはなります。 

それらのこと、日本文化について、歳をとってから考える人は多いです。 でも、なるべく早く考えてみてはどうでしょうか   

出逢える人、読む本.、あなた が 変わります。 少し、興味がわいてきましたか?       

 

この本には、その 答え があります。 答え が 言い過ぎなら、役に立つ と 言い換えます。  

古典文学 が好きな あなたには、日本神話や源氏物語 などについて アマテラス以前の 大切な神々の構成と、もののあわれは共通します

神社やお寺 が好きな あなた には、いわゆる 神道、仏教 について           古事記の神々と 京都などの神社、聖徳太子 から 親鸞 まで

歴史のことなら、なんでも好きという あなたには、考古 や 古代史、天皇と武家、幕末 について  出雲や大和・伊勢、縄文から現代へ

伝統工芸、日本画、わびさび、義理と人情 など にも、日本語や寿司と 同じ構造をした「日本文化のこころ」が あります。

つまり、この日本文化、日本人のこころ の かたち(構造)がわかれば、色々な「 日本 」 が、全体として、あなたに 見えてきます。

 

いまでも、日本の文化、信仰や宗教は、よくわからないとおもわれがちです。 なぜでしょうか?

学芸・文化の責任ある方々からも、日本文化の全体を説明するための普遍的な見識に、まだ、答え は ありません。 なぜでしょうか?  

それは、今、紹介した日本語の文字、文学、神道 や 日本的な仏教、儒教、歴史を、ばらばらに考えるからです。

 

この本は、初めて、それらのことについて、全体を、わかりやすく、構造的に説明します。 

 

あなたが、明日からも日本人なら、是非、お読みください  きっと、役に立ちます。

なぜなら、これから の 日本、日本人にとって、その 「こころのかたち(構造)」の 認識 が、大切 だからです。

日本人のままだけれど、海外で活躍しようという あなたは、必ず読んでください 

日本について、なにかと聞かれるかもしれませんよ 

 

日本文化とはなにか? もし、あなたが、そう問われたらどのように答えるでしょうか?

 

 

上記 解説 ( 文体変更 )

 

 以上、一般読者 に 興味を持っていただくために、あえて「はじめに」的 な 事例 を 紹介をした。

 

本構造は、元来、縄文と弥生 や 出雲と大和 の 考古的対比、『古事記』 解読により 仮説し、その後の文化信仰で検証したものである。

(考古や古事記から話を始めると固有名詞や用語も難解で読む気にならないかもしれない。講座での経験から上記「はじめ」とした )

つまり、我が国、古代の信仰や精神の構造を解き明かすことから初め、その構造が、そのあとの日本文化にも継承されているのか? 

同じ構造を以って説明できるのか?と、様々な事柄について検証した成果である。

以上の事柄以外に、この構造を証明する 最大の一致 は、神仏習合あり、大乗仏教における密教と顕教(天台教学 : 三諦円融)である。 

その説明のため、まず読者に我が国の神への信仰や、釈迦の原始仏教を理解していただくことが必要であり、本編に用意している。

  

2017年、生誕150周年を迎えた 南方熊楠 先生は、ご生前、<「事」を結節点とした「心」と「物」 >なる 構造 を 記した。

その「心」の 日本としての 構造 が 本論であり、自然風土な「物」との 結節により、「事」が なったわけである。 

「事」とは、すなわち、「心」と「物」が  創り出し、また、逆に影響してきた因果として、歴史 、文化 全般の 「」、そのこころの

あり様として「」が形成される。 「物」「事」は「心」に作用し、「心」は、新たな「物」「事」を生む。

推奨著書 龍谷大学教授 松居竜五 先生南方熊楠――複眼の学問構想 』他

 

東京大学法学部の 苅部 直 教授 は、同年5月『 「維新革命」への道―「文明」を求めた十九世紀日本― 』で「江戸時代後期以降の人びとに、明治時代に断絶なく連続する「文明」を求める意識・心性は育まれていた」と指摘された。

 

本論は、そこに底流する民衆たちの 平等意識 のみ ならず、また、歴史的には、 古代まで遡ることの 必要を 提起し実行した。

なぜなら、筆者も指摘するように、突然、物事は始まらない。 少くとも、古事記 や 法華経と 日本人の関係 は 分析する必要がある。

大局普遍に、日本をみつめないと 因果 は 認識できない。 歴史的に達観し、根強いもの を 見つけなければならないのである。 

 

筆者が提起する「文明」の 負の 側面に自覚し、あえて「文明」を求めた19世紀日本人の意識・心性を探る とする ならば、しかも

現代世界にとっての 普遍 (あるいは共通の善) を 探る とする  ならば、まず、日本文化総体 の 解明 が 必要 である。

なぜなら「異文化どうしの理解と共存を進めるため の 意義深いモデル」として、明解 に 説明する 根拠 や 理論 が 不可欠だからである。

 

同様 の 啓蒙的主張 は、上田正昭先生 初め、京都大学の 諸先達 方々 など、過去から 多くの見識者にあり、まったく 同感である。

今や、異論を見つける方が、困難な状況である。 しかしすでに、課題は、次の段階 を 迎えている。 それは「伝える 方法」 である。

その 方法の発見 は、この時代において、我が国、文系学問価値 復興 に 直結している 。 

 

歴史 や 風土、信仰も 異なる、日本人ではない人々 に 語り、しかも  理解いただくためには、歴史的にも、分野的にも 壮大 で 普遍的 な 理論 が 必要 なのである。 その理論こそ、今、求められている「伝える方法」となるであろう。 各々の 取組 は どうだろうか?

 

南方熊楠 先生が言う、「物」と「心」は「事」の「因」であり「果」でもある。

「物」「事」は「心」に作用し、そしてまた「心」は「物」「事」を生む。

「物」が 異なり、「心」が 異なると、「事」も 異なる。  「物」と「心」 は それほど 重大で、しかも 根深い.。

 

日本文化日本の「心」を 、部分ではなく、総体として自覚することは、南方熊楠 先生が 記した「事」の 全容的理解 に 繋がる。

「事」とは、すなわち、「心」と「物」が  創り、そして影響してきた因果であり、歴史 、文化 全般の 「名」、そのこころのあり様と

して「印」が形成される。

日本の将来、つまり、未来の「事」は、自然としての「物」に対峙する、我々の「心」しだいである

 

日本文化構造学

 

・・・  京都検定受験者・合格者 学習のための  日本文化、 京都研究 への 活用 ・・・ 

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序  論

 

日本文化とはなにか? もし、あなたが、そう問われたらどのように答えるでしょうか? 断片的ではなく、それらを 総合的に 説明できるでしょうか?

その説明は、基本的なこと、例えば「日本語の文字・漢字と平仮名、片仮名」について心情的にその三種となり今日も 存在する 理由でなくてはなりません。少々固く言えば 思想的な理由です。(三種になった)経緯については多くの書物に書かれていますが、思想的つまり文化的な理由を説明できるでしょうか?

 

日本文化の総合的説明は風土的背景となる日本人の 自然観自然(じねん)思考や、日本神話の構造、出雲と大和、熊野と伊勢、仏教受容と神仏習合、天皇と武家、浄土信仰と観音信仰、わび と さび は  もちろん、日本人のモノへのこころ、伝統工芸や 建築 や 美術 のあり方、儒教と江戸幕府・幕末思想などについて、さきほどの 日本語の文字システム成立 と 関連づけた、統一的な理論 で 説明できなくてはなりません。

つまり、日本文化の基本構造 と 自然的な背景 とは 何か ということです。 まず、考えてみてください。 なにか キーワード が見つかるかもしれません。

 

 

 この プロジェクト の 目的 は、その理解を通じて、健全なる日本、日本文化を自覚し、国際・民際として 国内外へ伝える ことです。

特に近年の、日本に対する海外からの注目は、ここに提示する我が国文化になにかを感じることが多くなっている所以です。 単なる観光だけで興隆しているわけではありません。文化的、精神的関心が、その根幹にあります。しかしながら感銘されること、またその感覚は明瞭ではなく、断片的な場合がほとんどです。その結果、極端に言えば、間違った認識を持たれる損失や危険さえあります。 日本人自身が自覚できていない状態では、当然の結果です。

つまり、我々自身が解き明かし説明する必要があるわけです。これは、誰かに任すことではありません。  以上の事情が、本論構成の背景にあります。

 

その日本文化総体の解明のため、縄文時代~近代まで、考古学、記紀・文学、神への信仰、仏教・儒教を通観し、著名な先達諸先生方々と交流、教授研究会での成果を総括しました。国史など正統で膨大な情報をもとに『日本文化構造学』(以下『構造学』)によって初めて「日本文化の原理」を創生しました。

従来、日本の歴史文化について、個別のことについて羅列した解説は多くあります。あるいは 全体であっても時系列にのみ列記しているものもあります。

しかし、本論は、今までどこにもない、発想しえなかった 普遍的 総合理論 です。 以下に掲載する抜粋だけでも、その違いをご理解いただけると考えます。

僭越ながら、いままで存在しなかった一因は、学問の局部化であり、考える 視野と動機 です。 本論を機会に、さらに的確な 総合理論に期待しております。

 

  

しかし、その理論の構築のために理解すべきことは、広範囲な分野に及びます。 日本文化ならびに日本人の核となる要素と、その変容に寄与した諸要素を抽出し、関連付けて構造化しなくてはなりません。例えば、日本文化や歴史に大きく影響した神への信仰について、そもそも、我が国において神とはなにか?『古事記』で、初めに成りませる神は「隠身」(かみ)と書かれています。実はこのことが始まりであり、また結論でもあります。そして、現代において重要な意味を持ちます。 どのような神が、なぜそこに祀られているのか? 神社の祀神や場所と 歴史との関係は?  体系化は可能か? など確認すべきことは、順々に拡大していきます。さらに、この分野では、考古学との整合も不可欠となります。

仏教と儒教について    今のインドにあたる地域の原始信仰と 釈迦の教え(原始仏教)との関係は?  その仏教は元来、どういうもので、中国から日本でどのように変化したのか?   我が国古来の神信仰との関係はどうだったのか? 特に真言宗や天台宗はどういう内容で、なぜ定着したのかなぜ天台宗から多くの宗派が誕生したのか?   中国古代思想と孔子の儒教とはどういった関係か?     その儒教は中国でどう変化し、日本でどのように取捨選択されたのか?

神への信仰、仏教、さらに治世との関係は?   そして、祭や芸能、社寺などの建築、日本画・伝統工芸品、文学への影響、さらに葬送儀礼、埋葬方法

(土葬と火葬)や 墓・仏壇 との 関係は?  

つまり、これらは他人事ではなく、すべて 今日の日本 に 関係しています。 もちろん、正月行事、夏越祓と大祓、彼岸やお盆、供養 にも 関係します。

 

 一番重要なことは、その変化・取捨選択した理由、因果の認識 です。そこに「日本人のこころ」を、客観的に理解し、体系化 できる ヒント があ ります。

  

日本人の持つ他界観、モノへの愛着、銅鐸と銅鏡、穢れと祓、日本語の文字、天皇と武家、鎮魂・供養、神仏習合、はかなしとみやび、もののあわれ、

無常と遁世、法華経と草木国土悉皆成仏、和歌から連歌、日本的な禅、わび・さびと豪華・絢爛、義理と人情、浮世や意気、そして、祭と芸能、建築や

日本画のあり様、さらに言えば、桜を愛でるこころ、寿司などが 、なぜ発祥あるいは関係し、どう変遷し、なぜ定着したのか? 

その理由を、体系的に 説明できるものが、本構造論です。 おおよそ日本文化、日本らしいとして語られている著書の要点・語彙を網羅し、なおかつ

それらを因果関係で繋ぎ、全容を構造としてとらえたものです。

したがって当方も拝読を 薦めている個別の 著書を読まれる時、そこに書かれていない事柄との関係が分かり、さらに 読書意欲 を惹起するものとなります。

 

聖徳太子、役小角、道昭、義淵、行基、最澄、空海、良源、円仁、円珍、安然、空也、法然、親鸞、栄西、道元、一遍から林羅山、石田梅岩、吉田松陰へ  

ご縁いただいた 上田正昭先生村井康彦先生、そして鈴木大拙柳田国男折口信夫和辻哲郎中村元石田一良家永三郎林屋辰三郎樋口隆康、 ドナルドキーン柳田聖山司馬遼太郎梅原猛、(上田正昭))、森浩一中西進上田篤 、(村井康彦)諸先生方々や研究機関の論を 確認。その中には個別特別に ご教授いただき本論に反映した内容もあります。

京都大学など名誉教授や、 教授研究「知恵の会」での意見交換、社寺の住職・宮司 、キーンドナルド先生、西尾幹二先生、上野誠先生、京都所在の大学学長方々 への上呈、京都府市、NHK、新聞社、出版社社長、芸術工芸師・茶道家・書家・華道家の 方々と交流し、広くご意見を拝聴しております。

 

  

この構造論は、特定の分野、時代だけに特定した研究者からは、とらえにくい世界です。したがって、広範囲な視野を備える研究者でない限り、初めて聞く、見る内容であるため、すぐさま理解できる人は稀です。しかし、その視点で研究されてきた著名な見識者からは、評価いただき書簡まで頂戴しました。

実際、市民文化講座で実感しておりますが、理解する意欲のある方々からは、日本の歴史文化信仰の広範囲な部分が、因果関係によって繋がり、理解できることが増えたと、ご感想をいただきました。 根拠ある正統なご意見は尊重し、さらに検証分野を拡大して、論に矛盾なきことを確認しております。

また、上呈先や発表課題に応じて各論を制作する場合も、本構造を骨子としているため論旨狭窄することなく、分野・対象で詳細に派生させております。

 

  

本内容は、名誉教授研究会では主に文献考証によって論証、社寺では神道仏教論から日本文化論へ、市民文化講座では聴講者に応じて、身近な話題から好奇心を刺激、相手を考慮し伝え方など試行しております。興味される文化見識者へは分野・要望に対応し「デマンドカスタム出版」にてご提供しております。

それを可能にしている理由は、日本文化のどの分野にでも通用、活用できる内容であり、また各ページで項目別に完結する「モジュール構成」だからです。

そこには、国史・文献の文系スキルと全国初法人ITの理系スキルの相乗効果もあります。全体的視野から組織的に課題認識し各市場を革新してきました。

構造論の基本部分と、そのように個別分野に応用してきたものを総括し、研究機関共同プロジェクトとして日英文で出版予定です(全編約400ページ)。

 

最も重要なことは「日本文化、日本のこころ」への理解によって、健全なるそれらのあり様を自覚し、国際・民際として 国内外へ伝える ことです。

さらには本質的な価値観を持ち、大切な存在に気づくこと、そして継承のために実践することです。学問として研究するだけでは出逢える人、体験できる範囲は限定されます。学問を基に活動することでその存在を知る。歴史はその価値を生かすため生きるための学問であり、そのことを伝えるための出版です。

2017年は大政奉還の、また2018年は明治維新の150周記念の年です。高まりつつある 歴史や文化への関心 と 相乗し、良き機会となるでしょう。 

 

 

 『構造学』による歴史・文化の理解は「京都検定」の学習者にとっても、特に「京都検定」合格者にとっても、日本文化の総合的理解に有効です。 

なぜなら、京都検定の出題分野にとって「基礎となる歴史文化信仰」だからです。 因果の認識 によって、我々の理解は深まります。

「京都検定」の学習は、京都の基礎的な知識、情報にあたりますが、『構造学』は、その知識だけではなく、背景にある歴史や信仰、因果関係を理解することです。 のサイトの「京都新発見」では、さらに専門的な内容について、京都大学ご出身の名誉教授方々との研究発表を掲載しております。  

現在、「京都検定」学習啓蒙の趣旨も含め、以下の通り、全集として出版準備を進めておりますが、今回、京都府商工会議所が薦める京都検定事業協力者として、全体の「概要」や 各歴史・分野ごとの主旨を、以下にPDFファイルにて掲載致します。 ダウンロードにてご覧ください。 

 

また、英語版については、このサイトの 「The Japan code」に、要約版 を 掲載しております。

English version of "Japanese Culture Structural Studies " , I have posted on " The Japan Code " .

 

一般の方々向け 導入部分 事例   (  説明するお立場、もしくは  答えるお立場で お試しください  )

 

はじめに

 

京都の歴史、信仰は山々から始まりました。 

北白川や上賀茂など山麓の 縄文遺跡や、その上賀茂神社の神山、松尾大社の大杉谷、伏見稲荷大社の稲荷山など、山 や 磐座(巨石)への

信仰があります。  今日、神道と呼ばれる信仰は、京都では、そのように起源します。 そこには、銅鐸と関係する 出雲文化 が 底流しています。

ではその 神社 や 神道 とは何でしょうか? 

 

その山々へ、やがて僧侶たちが入り観音菩薩を主に祀って修行しました。

京都市内の周りの山々では、奈良時代創建の由緒ある寺院が長い歴史を伝えています。 では、なぜ彼らは観音菩薩を祀ったのでしょうか? 

西国三十三か所霊場や京都市中の観音菩薩は、平安時代から今日まで、多くの人々の信仰を集めています。 

では、その 観音菩薩とはなんでしょうか? 観音菩薩のもととなる 仏教 とは なんでしょうか? 

 

このような疑問、興味を持たれる方々が、近年、増えてきました。

『構造学』による京都研究は、身近な事柄だけども、知らなかった、分からなかった歴史を楽しく学ぶことです。 

それら疑問の解決は、日本文化 の 理解にも役立ちます。  『構造学』による京都研究では、もちろん、基本的な京都の歴史について解説しますが、その中にも、あなたの知らない京都がまだまだあるはずです。

 

さきほどの神道や仏教は、普段、なじみのない世界かもしれません。 しかし、簡単な部分だけでもわかると、神社やお寺に参拝されるとき、

そこに祀られる神様や仏様など様々なことについて、より感慨深く、味わうことができます。

 

例えば、松尾大社には 大山咋神(おおやまくいのかみ)と 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと) が 祀られています。

事例として、その大山咋神について簡単にご紹介します。

 

大山咋神は『古事記』の大国主神の話の中で、「またの名を山末之大主神、この神は近淡海国の日枝の山に坐し、また葛野の松尾に坐して、鳴鏑(なりかぶら)を用つ神」と記されています。 大国主神は、ご存じの 出雲大社 の神様です。 大山咋神はその大国主神の子孫で、「山の神」として登場します。

 

まず「近淡海国の日枝の山」とは、比叡山のことで、その麓の日吉大社には、もちろん今でもその東本宮に大山咋神が祀られています。

そして、東本宮の背後にある牛尾山の山頂には、巨大な磐座が祀られており、松尾大社と同じく「山の祭祀」 であることがわかります。

そして、それだけではなく、古代より二つの神社の間に 人々の交流 があったこともわかります。 

松尾大社の社紋は「二葉葵」です。日吉大社の社紋も「二葉葵」で、その山王祭葵祭とも呼ばれます。 もちろん 上賀茂神社・下鴨神社も「二葉葵」ですね。  

れらが同じことにも理由があります。 そしてそれらを繋ぐものが、川、滝、つまり です。 

 

ところで、そこに暮らした人々は、なぜ 山を信仰 したのでしょうか? 

松尾大社の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)とは誰でしょうか?なぜ、松尾大社に祀られているのでしょうか? 

市杵島姫命も『古事記』に登場し、九州の 宗像大社 や、京都では松尾大社以外に、京都御苑の 宗像神社 などでも祀られています。

出雲大社の大国主神は、『古事記』で スサノオ の子孫とされています。つまり大山咋神は彼らの子孫となります。

そしてスサノオと兄弟とされる神が アマテラス ですが、なぜアマテラスは 伊勢神宮 に祀られているのでしょうか? 

 

このように『京都学』は、京都や近隣だけではなく 日本全体の歴史、神道とも深く関連します。 

 

賀県の日吉大社を話題にしたのには、理由があります。 平安時代から現代まで京都を中心に様々な仏教宗派の母体となった延暦寺と関係するからです。 

平安時代が始まる少し前に、今の比叡山延暦寺を草創した人が最澄です。

最澄はその日吉大社の門前で誕生し、奈良時代の末に、さきほどの「山の祭祀」である 日吉大社の牛尾山の、 さらに背後にある高い山に入って修行しました。 

それが比叡山です。  今、延暦寺の本尊は、薬師如来ですが、その元となる「一乗止観院」創建当初からある「山王院」に 観音菩薩 が祀られていました。 

現在、その観音菩薩は、 重要文化財として、延暦寺の国宝殿に安置されています。「千手観音立像 平安時代(九世紀)」 

そして、「山王」の名称は、先ほどの日吉大社の 山王祭 や、特徴的な 山王鳥居 と繋がるわけです。 

つまり、冒頭にふれましたように、延暦寺も、他の 山岳寺院 と同じように観音菩薩を祀っていたわけです。

 

最澄は、法華経 を重んじました。 

そもそも最澄が伝えた天台宗は、中国天台山で智顗(ちぎ)が創立した仏教の教学体系を奉ずる中国・朝鮮・日本を通じての代表的な一宗です。 

我が国では平安仏教の中枢となり、京都や日本文化に多大な影響を与えました。その中国天台宗の中心的な経典は法華経であり、観音菩薩は、その法華経の中に登場するのです。さきほどの最澄が始めて比叡山で作った草庵 「一乗止観院」の 一乗は、法華経に由来します。

 

では、その 法華経 とはどのようなものでしょうか?

実は法華経と日本は関係が深く、平安時代より遡ること約200年、聖徳太子から関係します。 そして鎌倉時代に、 日蓮 によって開宗された 日蓮宗 は法華経を信仰し、室町時代の京都の民衆(町衆)の強い支援を受けたため、今でも多くの寺院が京都市中心に残っています。

 

 

「京都検定」の学習は、京都の基礎的な知識、情報にあたりますが、『構造学』は、その知識だけではなく、背景にある歴史や信仰、因果関係 を理解することです。 そのためには、我が国古来からの 神への信仰、そして神道、仏教 や 儒教 について、概要を理解する必要があります。

 

『構造学』による理解は、「京都検定」の学習にも有効です。

例えば、浄土宗 や 浄土真宗では、多くの本尊が 阿弥陀如来 であり、空海が開宗した真言宗の寺院で祀られる 大日如来 を本尊とすることはありません。

つまり、お寺の本尊や、仏教絵画、名称や所在地までも、何らかの歴史的な理由があるわけです。  そのことを知る探求が、つまり『構造学』です。 

では、その浄土信仰は、いつから、なぜ我が国、京都で盛んになったのでしょうか? 

そして仏教を受け入れ、京都を中心に、世界的にも珍しく多様で、しかも長期に定着した理由はなんでしょうか?  神道 との 関係は?  

答えは、この『構造学』による京都研究にあります。  お楽しみに

 

    京都府商工会議所「京都観光・文化検定試験」公式サイト 京検厳選・京都情報リンク集    正式掲載記念 特別公開

  

日本文化研究、「京都検定」学習啓蒙の趣旨も含め、以下の内容や教授研究会での発表をもとに出版。

現在、https://projectkyoto.jimdo.com/ に移行し情報公開しております。

 

ご意見拝聴のため、出版前には、以下のテーマについてその一部を暫定版として掲載しておりました。

問い合わせ・ご要望、講座依頼は こちらまで kyotodotcompro@gmail.com  

 

「京都検定から京都研究へ」

「日本文化構造学のすゝめ 概要」

「日本文化構造学のすゝめ 日本神話と京都」

「日本文化構造学のすゝめ 仏教と神仏習合」

 

その他 以下の 各分野を 順次公開

  

「他界の時代 平安」 

「無常から自然 鎌倉・室町」 

「儒教と日本文化」 

「日本文化構造学から見た  現代的課題」 

「日本文化構造学 応用と活用」

 

「英語版 京都文化 総論」

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本 論

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日本文化構造学

概要  抜粋 

  

構造学による日本文化論の概要 や、京都検定との関係について、最後のPDFファイル に掲載しておりますので御覧ください。 全編 日英文 約400ページ

以下は、その ごく一部分だけの 紹介 です。  普段の 研究発表・講座 の中で、特に公開への ご要望 や 反響 が 多い項目 を、順次、代表事例 として 掲載中 です。

各項目の 学問名は、その内容が該当する分野で、特にその 研究者におかれては参考としてください。 当理論によってご専門の研究以外への展開が可能となります。

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  冒頭提起   粉 の 文化 と 赤漆        考古 ・ 美術工芸学へ

 

粉 は、日本文化の 調和 の 象徴 として、今日まで 継承 されている。

 

我が国の精神性を背景とした創作、工芸品は、太古より、粉 との関係が深い。その特性は、あとの時代の 紙 や 日本画、食生活 においても 同様で、日本は「 粉の文化 」とも言える。 粉状にすることで、別の素材と混ざりあい調和する。 これは、創作における素材のことではあるが、実は 日本文化の特性 である習合性、調和 の 象徴 とも 解釈できる。

 

例えば、日本美術の「素材」や「表現」の 中心に、美的で習合的な「粉」がある。 

粉の特性を生かした「技法」 には、彫り塗り、ぼかし、たらし込み 濃淡 片ぼかし、破墨、潤筆、渇筆 裏箔 切箔 砂子などある。

それらは、先住と後入、神と仏、かな と 漢字、和 と 洋 など に通じる 美的で習合的な技法 である。 粉技法 は、その様な日本人の精神を表現している。 

さらに、大和絵と水墨画に加え、花鳥画 や 金銀の使用 には、わび・さび と 絢爛・豪華 といった 異なるモノ同士 の 調和の美 が 表現され、新しい価値 を 結んできた。

近年、安易な「和」の誤用が散見されるが、極めて  情緒的で合理的な 調和 が、我が国の であり、意思を欠如した消極的 な 妥協 ではない。

いわゆる 聖徳太子の 和の思想 も、それまでの 自然なる 神への信仰 を 基礎とした 仏教と儒教の 調和 である ことを、冒頭に提起しておきたい。

 

「漆」は、縄文時代 の 赤色 から始まった。  漆は半透明のあめ色であるが、鉱物を粉末にして混合し、「赤い漆」を作りだし 装飾品 などを 創作した。

またこの時代から 漆で 土器 の ひび を 補修していた。 これらが のちに室町時代から興隆する  漆による  金継ぎの原点  であり、日本人の モノへのこころ の 源流 である。

 

2017年までに発見されている 縄文時代、最古の漆は「赤い漆」(以下、赤漆)である。

その時代の主役は土器であり、その土器の材料である土も 粉 とする 粉研究の先達、三輪茂雄先生 の ご見識 がある。 石器や土器は、直接生活に必要なものであるが、

漆は、その赤色や、創作の困難さ、作られた物、素材の長期耐久性から、精神性を伴う、呪術的なものとして意図的に赤漆が用いられたとする見解が主説である。  

北海道南茅部町の縄文時代早期、約9000年前 の 垣ノ島B遺跡 から 遺骸跡 が 発掘されたが、赤漆塗り糸が樹皮らしい軸に巻き付けられた衣類あるいは装身具を身に

着けていた。 約6800年前の石川県七尾市の三引遺跡や、約5500年前の福井県鳥浜遺跡からは、赤漆の堅櫛が出土している。

青森県の三内丸山遺跡から出土した同時代の漆の種子は、DNA鑑定によって中国ではなく日本産であることが判明している。 竹などで編んだ一種の籠に赤漆を塗った

籃胎漆器(らんたいしっき)が、胡桃とともに出土している。 縄文時代の漆器は、北海道・東北から関東・北陸を主に、近畿・山陰などでも散見されている。

また、弥生時代の 奈良県  唐古(からこ)遺跡から出土した 漆塗り革盾・乾漆棺などは、この時代の 漆工技術の進歩 を示している。(中略)

 

漆を赤く染めるには鉱物性顔料が必要で、原初は酸化第二鉄(ベンガラ)を用い、縄文時代後期からは水銀朱を用いられた。いずれも鉱物を粉末にして漆と混合する。

のちの時代、黒色は煤や鉄を、黄色は鉱物の石黄・雌黄を、緑色は岩緑青(孔雀石)や黄色素材に群青の石を、それぞれ漆に混合し創色されるが、いずれも主に粉末である。

日本の粉文化として、工芸を代表する我が国の独創的なものに「蒔絵」がある。これは、粉末の素材で彩色された漆を用いつつ、さらにその上に別の粉末を蒔く技法である。

(中略)  

 

粉は、縄文時代からの自然共生に始まり、弥生時代から古墳時代に 渡来人を受け入れ、その後も、文化を和にアレンジしてきた日本文化の特性と共通する。

粉 は、日本文化の 調和 の 象徴 として、今日まで 継承 されている。