日本文化構造学 の 実践事例

    歴史学も、京都検定も 生かしてこその  学問・学習である。

    京都を伝統技法で守る「 漆芸修復  の文化的意義 」とは?

  【 当方制作 文化的コラボレーションサイトは この右 】

    当サイト京都新発見」に金継ぎ文化 モノへのこころ 最新情報掲載 

 


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    日本文化構造学    ・・・  京都検定受験者・合格者 学習のための京都研究 への 活用 ・・・

 

京都府商工会議所 の要請を受け、当会議所が主催する京都検定事業への 協力として、日本文化を 従来にない  総合的な視点で 総括 した理論を 公開します。

京都検定で学ぶことができる基礎知識に加え、その背景にある 歴史 や 因果関係 の 理解 を 目的とした 内容です。 京都新聞社 出版 検定関連書籍 の 解説執筆・校閲

史実調査などの経験 を基礎に、我が国古代の 神への信仰 と 神道 を、また仏教・儒教についてはインドや中国からたどり、日本における 変遷 を  総覧しました。

それらを前提に、歴史・文化・信仰 に 関する 様々な 著書 や、教授 交流 を通じ、考古学・歴史地名・日本語・文学・建築・日本画 など  広範囲な 成果 を 集約しました。

 

当サイトは、京都府商工会議所より 認定され、「京都観光・文化検定試験」専用サイト の

「 これから京都を楽しみたい皆様へ  京検厳選・京都情報リンク集  」と 公式リンク  しております

”京都・観光文化検定試験”・”京都検定” は 京都商工会議所 の 登録商標  です

主催:京都商工会議所  後援:国土交通省近畿運輸局・京都府・京都市・京都府教育委員会・京都市教育委員会・(公財)大学コンソーシアム京都

 

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本 題

 

 

日本文化とはなにか? もし、あなたが、そう問われたらどのように答えるでしょうか? 断片的ではなく、それらを 総合的に 説明できるでしょうか?

その説明は、まず基本的なこと、例えば「日本語の文字・漢字と平仮名、片仮名」について、その三種となり今日まで 存在する理由でなくてはなりません。

なおかつ日本人の 自然観 と 自然(じねん)思考や、日本神話の構造、出雲と大和、熊野と伊勢、仏教の受容と神仏習合、天皇と武家、浄土信仰と観音信仰、わび と さび は  もちろん、日本人のモノへのこころ、伝統工芸や、建築や美術のあり方、儒教と江戸幕府・幕末思想などについて、日本語の文字システムと 関連づけた、統一的な理論 で 説明できなくてはなりません。  まず、考えてみてください。 なにか キーワード が見つかるかもしれません。

 

 

 

この プロジェクト の 目的 は、その理解を通じて、健全なる日本、日本文化を自覚し、国際・民際として、 国内外へ伝える ことです。

特に近年の、日本に対する海外からの注目は、ここに提示する我が国文化になにかを感じることが多くなっている所以です。 単なる観光だけで興隆しているわけではありません。文化的、精神的関心が、その根幹にあります。しかしながら感銘されること、またその感覚は明瞭ではなく、断片的な場合がほとんどです。日本人自身が自覚できていない状態では、当然の結果です。 つまり、我々自身が解き明かし、説明する必要があるわけで、誰かに任すことではありません。 また極端に言えば、間違った認識を持たれる損失、危険さえあります。 以上の事情が、本論構成の背景にあります。

 

その日本文化総体の解明のため、縄文時代~近代まで、考古学、記紀・文学、神への信仰、仏教・儒教を通観し、著名な先達諸先生方々と交流、教授研究会での成果を総括しました。国史など正統で膨大な情報をもとに『日本文化構造学』(以下『構造学』)によって初めて「日本文化の原理」を創生しました。

従来、日本の歴史文化について、個別のことについての解説は多くあります。 あるいは 全体であっても時系列にのみ列記しているものもあります。

しかし、本論は、今までどこにもない、発想しえなかった 普遍的 総合理論 です。 以下に掲載する抜粋だけでも、その違いをご理解いただけると考えます。

僭越ながら、いままで存在しなかった一因は、学問の局部化であり、また考える 視野と動機 です。  本論より、さらに的確な理論に期待しております。

 

  

しかし、その理論の構築のために理解すべきことは、広範囲な分野に及びます。例えば、日本文化や歴史に大きく影響した神への信仰、仏教と儒教について

そもそも、我が国において、神とはなにか?『古事記』で、初めに成りませる神は「隠身」(かみ)と書かれています。実はこのことが始まりであり、また結論でもあります。そして、現代において重要な意味を持ちます。 そしてどのような神が、なぜそこに祀られているのか? 神社の祀神や場所と 歴史との関係は?  体系化は可能か? など確認すべきことは、順々に拡大していきます。さらに、この分野では、考古学との整合も不可欠となります。 そして 

今のインドにあたる地域の原始信仰と 釈迦の教え(原始仏教)との関係は?  その仏教は元来、どういうもので、中国から日本でどのように変化したのか?

我が国古来の神信仰との関係はどうだったのか? 特に真言宗や天台宗はどういう内容で、なぜ定着したのかなぜ天台宗から多くの宗派が誕生したのか?

中国古代思想と孔子の儒教とはどういった関係か? その儒教は中国でどう変化し日本でどのように取捨選択されたのか?神への信仰、仏教、さらに治世との関係は? そして、祭や芸能、社寺などの建築、日本画・伝統工芸品、文学への影響、さらに葬送儀礼、埋葬方法 (土葬と火葬)や 墓・仏壇 との 関係は? 

つまり、これらは他人事ではなく、すべて 今日の日本 に 関係しています。 もちろん、正月行事、夏越祓と大祓、彼岸やお盆、供養 にも 関係します。

 

 

一番重要なことは、その変化・取捨選択した理由、因果の認識 です。そこに「日本人のこころ」を、客観的に理解し、体系化 できる ヒント があ ります。

 

 

日本人の持つ他界観、モノへの愛着、銅鐸と鏡、穢れと祓、日本語の文字、天皇、鎮魂・供養、神仏習合、もののあわれ、無常、草木国土悉皆成仏、

日本的な禅、わび・さび、義理と人情、浮世や意気、祭と芸能、建築や日本画、和歌,さらに言えば、寿司などが 、なぜ発祥あるいは関係し、どう変遷し、

なぜ定着したのか?  その理由を、体系的に 説明できるものが、本構造論です。

おおよそ日本文化、日本らしいとして語られている著書の要点・語彙を網羅し、なおかつそれらを因果関係で繋ぎ、全容を構造としてとらえたものです。

したがって当方も拝読を 薦めている個別の 著書を読まれる時、そこに書かれていない事柄との関係が分かり、さらに 読書意欲 を惹起するものとなります。

 

聖徳太子、役小角、道昭、義淵、行基、最澄、空海、良源、円仁、円珍、安然、空也、法然、親鸞、栄西、道元、一遍から林羅山、石田梅岩、吉田松陰へ  

ご縁いただいた上田正昭先生や村井康彦先生、そして鈴木大拙、柳田国男、折口信夫、和辻哲郎、中村元、家永三郎、石田一良、林屋辰三郎、樋口隆康、 司馬遼太郎、梅原猛、森浩一、中西進など諸先生方々や、研究機関の論を 確認。その中には個別特別に ご教授いただき、本論に反映した内容もあります。 

京都大学など名誉教授や、 教授研究「知恵の会」での意見交換、社寺の住職・宮司 、キーンドナルド先生、西尾幹二先生、上野誠先生、京都所在の大学

学長方々 への上呈、京都府市、NHK、新聞社、出版社社長、芸術工芸師・茶道家・書家・華道家の 方々と交流し、広くご意見を拝聴しております。

 

 

 

この構造論は、特定の分野、時代だけに特定した研究者からは、とらえにくい世界です。したがって、広範囲な視野を備える研究者でない限り、初めて聞く、見る内容であるため、すぐさま理解できる人は稀です。しかし、その視点で研究されてきた著名な見識者からは、評価いただき書簡まで頂戴しました。

実際、市民文化講座で実感しておりますが、理解する意欲のある方々からは、日本の歴史文化信仰の広範囲な部分が、因果関係によって繋がり、理解できることが増えたと、ご感想をいただきました。 また根拠ある正統なご意見は尊重し、さらに検証分野を拡大して、論に矛盾なきことを確認しております。

 

  

本内容は、名誉教授研究会では主に文献考証によって論証、社寺では神道仏教論から日本文化論へ、市民文化講座では聴講者に応じて、身近な話題から好奇心を刺激、相手を考慮し伝え方など試行しております。共感される文化見識者へは、分野・要望に応用し「カスタム編集」した資料をご提供しております。

それを可能にしている理由は、日本文化のどの分野にでも通用、活用できる内容であり、また各ページで項目別に完結する「モジュール構成」だからです。

個人的スキルとしては文系学歴と全国初法人システムの職歴との相乗効果があります。全体的視野から組織的に課題認識し革新する修練を重ねてきました。

構造論の基本部分と、そのように個別分野に応用してきたものを総括し、日英文で出版予定です(全編 約400ページ)。

 

最も重要なことは「日本文化、日本のこころ」への理解を通じて本質的な価値観を持ち、大切な存在に気づくこと、そして継承のために行動することです。

学問として研究するだけでは出逢える人、体験できる範囲は限定されます。歴史は生かすため生きるための学問であり、そのことを伝えるための出版です。

2017年は大政奉還の、また2018年は明治維新の150周記念の年です。高まりつつある 歴史や文化への関心 と 相乗し、良き機会となるでしょう。 

 

 

 

『構造学』による歴史・文化の理解は「京都検定」の学習者にとっても、特に「京都検定」合格者にとっても、日本文化の総合的理解に有効です。 

なぜなら、京都検定の出題分野にとって「基礎となる歴史文化信仰」だからです。 因果の認識 によって、我々の理解は深まります。

「京都検定」の学習は、京都の基礎的な知識、情報にあたりますが、『構造学』は、その知識だけではなく、背景にある歴史や信仰、因果関係を理解することです。 のサイトの「京都新発見」では、さらに専門的な内容について、京都大学ご出身の名誉教授方々との研究発表を掲載しております。  

現在、「京都検定」学習啓蒙の趣旨も含め、以下の通り、全集として出版準備を進めておりますが、今回、京都府商工会議所が薦める京都検定事業協力者として、全体の「概要」や 各歴史・分野ごとの主旨を、以下にPDFファイルにて掲載致します。 ダウンロードにてご覧ください。 

 

また、英語版については、このサイトの 「The Japan code」に、要約版 を 掲載しております。  

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      一般の方々向け 導入部分 事例   (  説明するお立場、もしくは。答えるお立場で お試しください  )

 

はじめに

 

京都の歴史、信仰は山々から始まりました。 

北白川や上賀茂など山麓の 縄文遺跡や、その上賀茂神社の神山、松尾大社の大杉谷、伏見稲荷大社の稲荷山など、山 や 磐座(巨石)への

信仰があります。  今日、神道と呼ばれる信仰は、京都では、そのように起源します。 そこには、銅鐸と関係する 出雲文化 が 底流しています。

ではその 神社 や 神道 とは何でしょうか? 

 

その山々へ、やがて僧侶たちが入り観音菩薩を主に祀って修行しました。

京都市内の周りの山々では、奈良時代創建の由緒ある寺院が長い歴史を伝えています。 では、なぜ彼らは観音菩薩を祀ったのでしょうか? 

西国三十三か所霊場や京都市中の観音菩薩は、平安時代から今日まで、多くの人々の信仰を集めています。 

では、その 観音菩薩とはなんでしょうか? 観音菩薩のもととなる 仏教 とは なんでしょうか? 

 

このような疑問、興味を持たれる方々が、近年、増えてきました。

『構造学』による京都研究は、身近な事柄だけども、知らなかった、分からなかった歴史を楽しく学ぶことです。 

それら疑問の解決は、日本文化 の 理解にも役立ちます。  『構造学』による京都研究では、もちろん、基本的な京都の歴史について解説しますが、その中にも、あなたの知らない京都がまだまだあるはずです。

 

さきほどの神道や仏教は、普段、なじみのない世界かもしれません。 しかし、簡単な部分だけでもわかると、神社やお寺に参拝されるとき、

そこに祀られる神様や仏様など様々なことについて、より感慨深く、味わうことができます。

 

例えば、松尾大社には 大山咋神(おおやまくいのかみ)と 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと) が 祀られています。

事例として、その大山咋神について簡単にご紹介します。

 

大山咋神は『古事記』の大国主神の話の中で、「またの名を山末之大主神、この神は近淡海国の日枝の山に坐し、また葛野の松尾に坐して、鳴鏑(なりかぶら)を用つ神」と記されています。 大国主神は、ご存じの 出雲大社 の神様です。 大山咋神はその大国主神の子孫で、「山の神」として登場します。

 

まず「近淡海国の日枝の山」とは、比叡山のことで、その麓の日吉大社には、もちろん今でもその東本宮に大山咋神が祀られています。

そして、東本宮の背後にある牛尾山の山頂には、巨大な磐座が祀られており、松尾大社と同じく「山の祭祀」 であることがわかります。

そして、それだけではなく、古代より二つの神社の間に 人々の交流 があったこともわかります。 

松尾大社の社紋は「二葉葵」です。日吉大社の社紋も「二葉葵」で、その山王祭葵祭とも呼ばれます。 もちろん 上賀茂神社・下鴨神社も「二葉葵」ですね。  

れらが同じことにも理由があります。 そしてそれらを繋ぐものが、川、滝、つまり です。 

 

ところで、そこに暮らした人々は、なぜ 山を信仰 したのでしょうか? 

松尾大社の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)とは誰でしょうか?なぜ、松尾大社に祀られているのでしょうか? 

市杵島姫命も『古事記』に登場し、九州の 宗像大社 や、京都では松尾大社以外に、京都御苑の 宗像神社 などでも祀られています。

出雲大社の大国主神は、『古事記』で スサノオ の子孫とされています。つまり大山咋神は彼らの子孫となります。

そしてスサノオと兄弟とされる神が アマテラス ですが、なぜアマテラスは 伊勢神宮 に祀られているのでしょうか? 

 

このように『京都学』は、京都や近隣だけではなく 日本全体の歴史、神道とも深く関連します。 

 

賀県の日吉大社を話題にしたのには、理由があります。 平安時代から現代まで京都を中心に様々な仏教宗派の母体となった延暦寺と関係するからです。 

平安時代が始まる少し前に、今の比叡山延暦寺を草創した人が最澄です。

最澄はその日吉大社の門前で誕生し、奈良時代の末に、さきほどの「山の祭祀」である 日吉大社の牛尾山の、 さらに背後にある高い山に入って修行しました。 

それが比叡山です。  今、延暦寺の本尊は、薬師如来ですが、その元となる「一乗止観院」創建当初からある「山王院」に 観音菩薩 が祀られていました。 

現在、その観音菩薩は、 重要文化財として、延暦寺の国宝殿に安置されています。「千手観音立像 平安時代(九世紀)」 

そして、「山王」の名称は、先ほどの日吉大社の 山王祭 や、特徴的な 山王鳥居 と繋がるわけです。 

つまり、冒頭にふれましたように、延暦寺も、他の 山岳寺院 と同じように観音菩薩を祀っていたわけです。

 

最澄は、法華経 を重んじました。 

そもそも最澄が伝えた天台宗は、中国天台山で智顗(ちぎ)が創立した仏教の教学体系を奉ずる中国・朝鮮・日本を通じての代表的な一宗です。 

我が国では平安仏教の中枢となり、京都や日本文化に多大な影響を与えました。その中国天台宗の中心的な経典は法華経であり、観音菩薩は、その法華経の中に登場するのです。さきほどの最澄が始めて比叡山で作った草庵 「一乗止観院」の 一乗は、法華経に由来します。

 

では、その 法華経 とはどのようなものでしょうか?

実は法華経と日本は関係が深く、平安時代より遡ること約200年、聖徳太子から関係します。 そして鎌倉時代に、 日蓮 によって開宗された 日蓮宗 は法華経を信仰し、室町時代の京都の民衆(町衆)の強い支援を受けたため、今でも多くの寺院が京都市中心に残っています。

 

 

「京都検定」の学習は、京都の基礎的な知識、情報にあたりますが、『構造学』は、その知識だけではなく、背景にある歴史や信仰、因果関係 を理解することです。 そのためには、我が国古来からの 神への信仰、そして神道、仏教 や 儒教 について、概要を理解する必要があります。

 

『構造学』による理解は、「京都検定」の学習にも有効です。

例えば、浄土宗 や 浄土真宗では、多くの本尊が 阿弥陀如来 であり、空海が開宗した真言宗の寺院で祀られる 大日如来 を本尊とすることはありません。

つまり、お寺の本尊や、仏教絵画、名称や所在地までも、何らかの歴史的な理由があるわけです。  そのことを知る探求が、つまり『構造学』です。 

では、その浄土信仰は、いつから、なぜ我が国、京都で盛んになったのでしょうか? 

そして仏教を受け入れ、京都を中心に、世界的にも珍しく多様で、しかも長期に定着した理由はなんでしょうか?  神道 との 関係は?  

答えは、この『構造学』による京都研究にあります。  お楽しみに

 

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             京都府商工会議所「京都観光・文化検定試験」公式サイト 京検厳選・京都情報リンク集    正式掲載記念 特別公開

 

 

現在、「京都検定」学習啓蒙の趣旨も含め、以下の通り、随時 公開中です。 

また、この内容を元にした講座・セミナー、教授研究会での発表を全集として出版準備を進めております。  

ご意見・ご提案、 使用申請・講座依頼は こちらまで  kyotodotcompro@gmail.com   

以下にサンプルとして、「概要」など、その一部を PDFファイルで掲載しますので、ダウンロードにてご覧ください

 

「京都検定から京都研究へ」

「京都文化構造学のすゝめ 概要」

「京都文化構造学のすゝめ 日本神話と京都」

京都文化構造学のすゝめ 仏教と神仏習合」

 

その他 以下の 各分野を 順次公開していきます。

          

「他界の時代 平安」 

「無常から自然 鎌倉・室町」 

「儒教と京都文化」 

「日本文化構造学から見た 現代的課題」 

日本文化構造学 応用と活用」

 

「英語版 京都文化 総論」

 

以上 

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京都検定の体系 と 京都研究

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本 論

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日本文化構造学

概要  抜粋 

  

京都検定との関係や、構造学の概要については、最後に掲載しております、ファイルを御覧ください。 

以下は、その一部分だけの ご紹介 です。  普段の研究発表・講座の中で、特に公開へのご要望 や 反響 が 多い項目 を、順次、代表事例 として 掲載中 です。

各項目の学問名は、その内容が該当する分野で、特にその研究者におかれては参考としてください。 当理論によってご専門の研究以外への展開が可能となります。

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  冒頭提起   粉 の 文化 と 赤漆        考古 ・ 美術工芸学へ

 

粉 は、日本文化の 調和 の 象徴 として、今日まで 継承 されている。

 

我が国の精神性を背景とした創作、工芸品は、太古より、粉 との関係が深い。その特性は、あとの時代の 紙 や 日本画、食生活 においても 同様で、日本は「 粉の文化 」とも言える。 粉状にすることで、別の素材と混ざりあい調和する。 これは、創作における素材のことではあるが、実は 日本文化の特性 である習合性、調和 の 象徴 とも 解釈できる。

 

例えば、日本美術の「素材」や「表現」の 中心に、美的で習合的な「粉」がある。 

粉の特性を生かした「技法」 には、彫り塗り、ぼかし、たらし込み 濃淡 片ぼかし、破墨、潤筆、渇筆 裏箔 切箔 砂子などある。

それらは、先住と後入、神と仏、かな と 漢字、和 と 洋 など に通じる 美的で習合的な技法 である。 粉技法 は、その様な日本人の精神を表現している。 

さらに、大和絵と水墨画に加え、花鳥画 や 金銀の使用 には、わび・さび と 絢爛・豪華 といった 異なるモノ同士 の 調和の美 が 表現され、新しい価値 を 結んできた。

近年、安易な「和」の誤用が散見されるが、極めて  情緒的で合理的な 調和 が、我が国の であり、意思を欠如した消極的 な 妥協 ではない。

いわゆる 聖徳太子の 和の思想 も、それまでの 自然なる 神への信仰 を 基礎とした 仏教と儒教の 調和 である ことを、冒頭に提起しておきたい。

 

「漆」は、縄文時代 の 赤色 から始まった。  漆は半透明のあめ色であるが、鉱物を粉末にして混合し、「赤い漆」を作りだし 装飾品 などを 創作した。

またこの時代から 漆で 土器 の ひび を 補修していた。 これらが のちに室町時代から興隆する  漆による  金継ぎの原点  であり、日本人の モノへのこころ の 源流 である。

 

2017年までに発見されている 縄文時代、最古の漆は「赤い漆」(以下、赤漆)である。

その時代の主役は土器であり、その土器の材料である土も 粉 とする 粉研究の先達、三輪茂雄先生 の ご見識 がある。 石器や土器は、直接生活に必要なものであるが、

漆は、その赤色や、創作の困難さ、作られた物、素材の長期耐久性から、精神性を伴う、呪術的なものとして意図的に赤漆が用いられたとする見解が主説である。  

北海道南茅部町の縄文時代早期、約9000年前 の 垣ノ島B遺跡 から 遺骸跡 が 発掘されたが、赤漆塗り糸が樹皮らしい軸に巻き付けられた衣類あるいは装身具を身に

着けていた。 約6800年前の石川県七尾市の三引遺跡や、約5500年前の福井県鳥浜遺跡からは、赤漆の堅櫛が出土している。

青森県の三内丸山遺跡から出土した同時代の漆の種子は、DNA鑑定によって中国ではなく日本産であることが判明している。 竹などで編んだ一種の籠に赤漆を塗った

籃胎漆器(らんたいしっき)が、胡桃とともに出土している。 縄文時代の漆器は、北海道・東北から関東・北陸を主に、近畿・山陰などでも散見されている。

また、弥生時代の 奈良県  唐古(からこ)遺跡から出土した 漆塗り革盾・乾漆棺などは、この時代の 漆工技術の進歩 を示している。(中略)

 

漆を赤く染めるには鉱物性顔料が必要で、原初は酸化第二鉄(ベンガラ)を用い、縄文時代後期からは水銀朱を用いられた。いずれも鉱物を粉末にして漆と混合する。

のちの時代、黒色は煤や鉄を、黄色は鉱物の石黄・雌黄を、緑色は岩緑青(孔雀石)や黄色素材に群青の石を、それぞれ漆に混合し創色されるが、いずれも主に粉末である。

日本の粉文化として、工芸を代表する我が国の独創的なものに「蒔絵」がある。これは、粉末の素材で彩色された漆を用いつつ、さらにその上に別の粉末を蒔く技法である。(中略)  

 

粉は、縄文時代からの自然共生に始まり、弥生時代から古墳時代に 渡来人を受け入れ、その後も、文化を和にアレンジしてきた日本文化の特性と共通する。

粉 は、日本文化の 調和 の 象徴 として、今日まで 継承 されている。  

 

予告  大乗仏教との整合  仏教・哲学 へ

日本文化の原理と大乗仏教との整合について、上記最下段に追記した。

平安時代から現代まで、日本仏教の大勢となる、密教と顕教の思想的立場と一致していることを示している。 そして、この一致こそ、密教や天台宗を、我が国の信仰として受容し日本的にアレンジしてきた理由である。

真言宗を主とする密教は、特に皇族貴族層の加持祈祷の願いに応え、

天台宗は浄土宗や浄土真宗、日本的な禅、日蓮宗を生み出す母体となった。

真言宗の開祖、空海の遺作的な『万灯万花会の願文』の最後「六大所遍、五智攸含、排虚沈地、流水遊林、惣是我四恩。同共入一覚」における「四恩」にあるように自然の力への信仰心の発動である。

天台宗の宗祖、天台智顗の教えは、人間世界への思想として、釈迦仏教の「無」を大乗思想としてとらえた竜樹の「空」に加え、現実としての「仮」、その両者の「中」を概念し、それらの三者均衡、つまり「三諦円融」を理想とした。 その教えを伝えた人が、最澄である。 

龍樹 の「中論」

 

全ては、「無自性」(無我・空)であり、「仮名(けみょう)」「仮説・仮設(けせつ)」に過ぎない、事象的・概念的な「相互依存性、相対性」に

注目した思想で「縁起」「無自性(空)」とした。龍樹の「中論」「十二門論」、提婆の「百論」の教えを中心とした論が、三論宗と呼ばれた。

『中論』において確立された 空(くう)の思想 は、彼以後のすべての仏教思想に最大の影響を与えている。 龍樹は 日本の大乗仏教のすべてから、龍樹はおのおのの「祖」として尊敬される。

では、空の思想 がなぜ、大乗仏教 なのか?

 

天台智顗 の「三諦円融」

   

中国の天台智顗は、その「中論」と、「法華経」から教義を体系した。

「三諦」とは、「空諦」「仮諦」「中諦」の三つの諦(真理)である。

「空諦」とは「一切皆空」の真理。 全ての存在は相互依存的で縁起的な存在であり、不滅の実体はなく、滅び去ってしまう。そのことをしっかり認識していないと、我執に囚われて、煩悩の苦しみから逃れることは出来ない。しかし「空諦」に固着しすぎるのも問題で、全てが空で虚しいものだという思いに囚われて、物事の素晴らしさを味わい、生命の喜びを感じることができなくなってしまう。そこで智顗は、「仮諦」つまり全ての物事に法の現れを見出し、その素晴らしさを味わうことを正しいとする立場を取り上げた。 そうしてこそ、我々は生命の喜びを感じ取ることができる。 しかしまた、「仮諦」に固着しすぎると、物事が全て無常だという真理を忘れてしまい、我執に囚われるようになる。

「空諦」と「仮諦」のいずれにも固着しすぎないようにするのが正しいというのが「中諦」である。またこれも固着しすぎるとバランスを取ることに気が取られてしまい、「空諦」も「仮諦」も中途半端になってしまう。 

したがって、真理は、この三つの真理をそれぞれ限界づけ(=批判)し、

調和的に融和 することが 大切だと 「三諦円融」の思想 をとなえた。

「三諦円融」は、日本天台宗の 源信 寛仁元年(1017)『観心略要集』に登場する。寛和元年(985)成立『往生要集』の著者であり、平安時代中期の仏教思想、念仏、浄土の観念は、藤原道長 や『源氏物語』に影響した。

 

日本人の「モノへのこころ」「霊へのこころ」について  国文・思想学 へ

 

「モノ」「タマ」「カミ」 や「産霊」「結び」「清浄心」などの関係について、「日本文化の原理」 により、古代の感覚を図示した。 

それは、「見えないモノ、チカラ」の気配を感じるこころから始まった。

 

日本の原始的信仰宗教としてアニミズムとする見解が、ごく一般的だが、実は、マナイズムを想定しないと説明できないことがある。  アニミズムとは、宗教の起源を論じたイギリスの人類学者タイラーが提唱した原始宗教の生命万物の「霊」観念で、人格的超自然観である。その後マレットは、コドリントンがポリネシア信仰で紹介した超自然的・神秘的で非人格的な力への信仰、自然観に注目し、アニミズムの前段階の観念としてマナ、マナイズムを定義した。

マナイズムは霊魂の存在を前提とせず、超自然的な力そのものが物体その他に宿ると信じる。

自然物、自然現象に対する 尊敬 や 畏怖(いふ)の態度 の 総称 である。 

 

 

『古事記』では、初めに誕生する、「天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)」 「高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)」「神産巣日神(カミムスヒノカミ)」「宇摩志阿斯訶備比古遲神(ウマアシカビヒコヂノカミ)」「天之常立神(アメノトコタチノカミ)」「國之常立神(クニノトコタチノカミ)」「豐雲上野神(トヨクモノカミ)」は、「隱身」(かみ)なりとする。一方、そのあとに生まれる伊邪那岐命(イザナギ)・伊邪那美命(イザナミ)については、その序文で 「二為群品之祖神」と記す。つまり万物の生みの親として、人格的に、つまりアニミズムとして「霊」の文字が使われている。

前述のいわゆる造化三神の「隠身」は、彼らの神名が「霊」を保持せず、万物生命の誕生とは直接に関係が無い。 そして死ぬことのない非人格的な「見えないモノ、チカラ」として記されていることに注目しなけれなならない。「高御産巣日神」と「神産巣日神」は、産巣日(ムスヒ)神として超自然的な力を保持するが、あえて神名に「霊」を持ちいない マナ として表現されている。 

 

 

中西進先生の『こころの日本文化史』は、「マナ」から日本語として「モノ」への母音交替を指摘、 縄文土器 に 超越的な力の表現をみる。「大物主大神」のモノであり、モノが依りついた三輪山の神である、とされる。その著書では触れてはいないが、古事記神代記に「物」は登場し、萌え上がった物から神が誕生したと、力としてのモノを表現している。(古事記原文 

 

但し「高御産巣日神」「神産巣日神」は、日本書紀では、その一書で「高皇産靈尊」「神皇産靈尊」とされる。 これは対外的書物の性格上、のち皇祖神となる大日孁貴(おおひるめのむちのかみ)(一書云、天照大神)を 日の唯一神格とするためである。すなわち太陽の持つ生成(ムス)力の意図的な分離として、「日」ではなく「霊」とし、逆に「皇」は、特に高皇産靈尊において、天皇との関係を強調するものである。

産巣日」ムスヒは、天照大神以前の 太陽神の神格 を 表現している。

なぜなら古事記の中で、天照大神が生まれる前の物語ですでに光がある見える世界が描かれている。「霊」の部首「雨」は太陽と同じく「天」と関係するが、今日「霊」は「ヒ」と読まない。

 

やはりその神名は古事記用例の「日」が原語・原意であり、超自然的な力、マナイズムとしての太陽神、太陽光の自然力 への 信仰 である。 太陽と霊はなじまない。 

ちなみに「物の怪」のモノは広義にはマナに近い自然的または超自然的な霊のことで,この正体不明の霊的存在が人に憑依して病気にしたり命を奪ったりすると考えられる現象を〈物の怪〉という。    物の怪は平安時代の文献に頻出し,邪悪な霊の発現をいうことが多い。

その正体はたいてい 嫉妬 や 怨恨 をもった 生霊 や 死霊 であり,のち の形 でイメージされた。

 

 

 

「 日本文化の原理 」

          その「思想」 「こころ」 について、「代表的事例」 と併せ、以下に 提示する。

          左の 仏教哲学 と、段落を揃えたことには 意味 がある。日本人の無常観現実観 と関係する。

 

見えない力 自然の法則 ・力 への 信仰を頂点に そこから生まれた 以下、3つの思想を軸とする。 但し、3つの軸は、明確に分離されておらず、両極の間で、ゆらいでいる

 

「循環思想」守り伝えるこころ  魂への思い、価値感 継承価値 天皇尊厳 時間軸 「無常」

「現利思想」今を大切にするこころ 技能・技を極めるこころ 政治的徳治 場所・上下軸 「今」 「和合思想」上記2軸の「間」で、和合、均衡、葛藤 ゆらぐこころ   

        極めて 情緒的で 合理的な 調和   

      「国譲 神々和合」  「神仏習合」       日本語システム「 漢字 と カタカナ まとめる 平かな 」            もののあはれ 「はかなしとみやび」  天皇 と 武家 「公武習合」  「武家と禅・茶道」   

      「義理と人情」 「粋」(すい)と 「いき」の構造 

      「花鳥画 と 水墨画」 「赤楽茶碗 と 黒楽茶碗」 などの 間 の こころ

  

古代的感覚 として

 

他界感覚 ・・・  「見えない世界」との交流 自然の中に見えないチカラ、存在を感じる こころ  

     場所として、空・天 海・山から来る「隱身」(神)を感じるこころ 

     繋ぐもの:依代「神籬・御諸・社」

                    そして時間軸である、前世や死後の世界を含め、それらを習合した他界感覚 

 

水と産霊の信仰 ・・・「万物自然に対し、感じるこころ」  

                    霊す(ムス)霊(ヒ)、生命が誕生する水 それらに共通する「穢と禊」、清浄心・清明心 

 

以上の重層する感覚を基礎に、形成されてきた「こころの表現」として「日本文化の原理」とする。


古事記 の 本質   日本文化 の 古層   神道・思想学 へ

 

原理を仮説し、信仰・文化の歴史を辿っている。 

その過程で「循環的なもの」と「現利的なもの」との間で「均衡作用」があることに気付いた。 仏教では、阿弥陀如来に対する薬師如来や観音菩薩。 また、天台智顗 の「三諦円融 」空仮中の均衡は、それを受け入れることで浄土信仰や禅・日蓮誕生の土壌となった。 闘争する武家に対して、静寂なる茶道や禅。茶道は、武家など日常に対する非日常を均衡させる作用。 絵画では花鳥画に対する水墨画で均衡した。  その均衡をもたらした源が自然の法則・力を潜在する日本文化であり、和合的な現象として現れたと考える。  神仏習合はその代表であり、戦う神 と 鎮魂の仏 である。

 

古代から近世まで日本文化の原理を仮説・検証してきたが、改めて逆に「均衡」を意識して、『古事記』をふりかえると、「天之御中主神」 と 「月読命」 がその作用で共通していることに気がつく。 

両者は同時に誕生した活動的な他の二者の間で、無作為な力・作用である「均衡」を象徴しているのではないか。「天之御中主神」と 「月読命」、そして、火照命(海幸彦)を兄に火遠理命(山幸彦)を弟に持つ「火須勢理命(ほすせりのみこと)」も同様で、いずれも天津神・国津神ではなく、ただ存在を記される。(中略)  

 

冒頭に提起した「天之御中主神 」 の意味、それは 道教の影響を受けつつ、自然の法則・力 と考えた。

なぜなら、そのあとに誕生した「高御産巣日神」は    別名「高木神」、神の依ります神籬(神体木)、 天地を繋ぐものとして 出雲大社、伊勢神宮の 心御柱 に表現される。そして、「神産巣日神」 は、須佐之男命が殺した大氣都比賣から穀物の種を生み、また大国主を 蘇らせる 循環再生 を表す。  この神代再生は、世代・時間の継承を表現している。つまり、その頂天に語られる「天之御中主神」は、「場所」と「時間」 の概念で、それぞれ「高御産巣日神」と「神産巣日神」とに繋がる「自然の源、原理」であり、「法則・力」と考えた。 その解釈は誤りではなかったが、その「自然の法則・力」がもたらした具体的な力、すなわち「均衡作用」とも言える。 とすれば、古事記の「月読命」の意味は何か?  その神も同じ作用をもたらし、国譲り を演出したと考える。 「国譲り」の主体は大国主とその代理者や、高御産巣日神や天照大御神に派遣された者たちだが、その前に月読命を登場させた意味は、「国譲り」の予言、伏線であろう。 二者択一ではなく二者均衡の支点と考える。その存在は、いわゆる二極の「間」と表現したら理解しやすい。その思想の草案者はやはり「和」の思想家、聖徳太子と考える。 (中略) 

ユング心理学の権威で元文化庁長官の 河合隼雄先生 『中空構造日本の深層』 では、この無為な中央にのみ 注目されている。 しかし、日本文化の理解にとっての 重要は、両極の思想軸の発見、認識である。


日本語の文字  について   日本語学・古典文学 へ

 

一般の方々にとって、構造学による「日本文化の原理」が、最も理解しやすい事例は 、なにより、今日、用いられている「日本語の文字」である。 

なぜ、漢字とひらかな、カタカナがあるのか? その理由を考えたことがあるだろうか

 

ごく一般的な成立過程のことではない。日本文化や思想的な成立理由のことである。

漢字と平仮名、片仮名、「日本語の文字」には、日本文化の深層 が 秘められている。

 

現代の日本語に、大きく影響した漢字。 漢字から誕生した「平仮名」と「片仮名」の成立過程をまとめた。  主たる参考著書  『かな』小松茂美 著

『万葉仮名でよむ万葉集』石川九楊 著 『日本文学の歴史』ドナルド・キーン 著

 

「漢字」そのものの継承、言葉の表現としての「平仮名」、実用的な記号を起源とする「片仮名」。 それぞれに、「日本文化の特性」が 顕れた意味がある。 

「日本文化の原理」の検証 を 兼ねて、整理し、図解した。

 

上記著書『かな』の要旨を、下に纏めた。平がなは、漢字原型を大きく削除することなく、かつ柔軟に崩した。そして、消息や和歌の世界で重用された。 その造型は、「公式文書の漢字」と「実用的な略字である片かな」の中間に位置し、多分に会話的かつ情緒的で、書に心情を表す。

 

平がなは、継承的な漢字、実用的な片かなの中庸で「漢字かな交じり文」において、   活用語尾、接続詞、感動詞、助詞、助動詞に使われ、文章全体をまとめ、意思や感情を表現する。

わが上代人は、漢字の音を借りて日本語の音にあて、文章を書くことを工夫した。

それが、「万葉がな」である。

 

奈良時代、日本語の音一つに対して数種の漢字をあてはめ、記紀・万葉集を通じて、全973文字から始まった。一方、書体としては、中国から、篆書、隷書、楷書、草書などの体が、渡来していた。

 

 

平がな は「万葉がな」を起源に、日常生活で文字を速く書くため、必然的に画を省略した草書の体が応用され、生まれた草がなを、その起源とする。  

『宇津保物語』に記される様に、平安時代には、草かなが、さらにくずされ「女手」 が生まれた。 和歌の復活繁栄と、書道の発展が相補って、より美しく、よりやさしい簡略な形へと進んでいった。別に、草かなから平がなへの移行をしめすものとして訓点がある。 これは、漢文を読むために使われた、片かなの中にまじって見られる草かなに近い形のかなである。つまり、草かなから生まれた女手を主流とし、訓点からの影響も交えて今日の平かなが誕生した

 

醍醐天皇延喜5年(905)紀貫之ら撰『古今和歌集』の序文までが、すべて平がなで書かれた。 奈良から平安時代初期までは、「文字としてのかな」に限られ、それ以降は、「書としてのかな」が主流になっていく。その時代、平がなは、日常の消息(手紙・たより)やそれに付随する贈答の和歌などにおいて、自然に発達していった。 一音に対して使用されるかな字体は、平安末期、合計約300文字となり、鎌倉・室町時代、かなが書としての「型」に変貌し、同時にその字体としての「型」も淘汰限定されていった。 

伏見天皇皇子で青蓮院座主尊円入道親王を祖とする尊円流(青蓮院流)を、松花堂昭乗が江戸幕府に伝え公用書体となる。この書体は御家流とも呼ばれ、庶民教育にも手習手本、文学書が出版され、かなの字体統一を促進した。 現代の47文字は、明治時代中期に統一されたが、この統一までの1200年間のかなを「変体がな」と呼ぶ。

 

 

 

片かな の起こりも、また、平がなと同様に「万葉がな」である。平がなが漢字の一字全体をやわらかい線にくずしたものであるのに対し、片かなは、主として、漢字の一部をとって簡略化したもので、実用から生まれた。

443年頃製作と推定されている和歌山橋本の隅田八幡神社伝来の「人物画象鏡」に、銅を「同」、鏡を「竟」とする略体字の例がある。略体字は、中国にもあるが、平がな同様に日本独自に省略形を作り上げた。同鏡には、忍坂宮を「意柴沙加宮」と書いているが、日本語の固有名詞を一字一音表記した初期事例でもある。正倉院文書に、村を「寸」、牟を「ム」、のち仏典の醍醐を「酉酉」、瑠璃を「王王」など、早書きや反復文字の省略による省文(せいぶん)省字(せいじ)が用いられた。これは、一時的な利用だが、この省文から暗示を受け工夫されたものが、片かなである。

平安時代初期、奈良の古宗派(華厳・法相・三論など)僧侶が、仏典講義を聞きながら、訓読を覚えるために、行間、字間に、万葉仮名を省略してふりがなのように書き入れた。小さく、字画が少なく早書きできるものとして、片かなが誕生した。そして、平がな同様に、当初の字体繁雑、不統一から同様な経緯で今日の形になった。

「漢字」そのものの継承、言葉の表現としての「平仮名」、実用的な記号を起源とする「片仮名」。 それぞれに、「日本文化の特性」が 顕れた意味がある。

 

漢字と平仮名、片仮名、「日本語の文字」には、日本文化の深層 が 秘められている。


怨霊 と 御霊 鎮魂 と 供養   民族学・仏教学・神道学へ

 

祇園祭の起源である「御霊会」とはなにか? 

御霊(みたま)とは荒魂・和魂などの魂の様相も表すが、この場合は、怨魂・祟る怨霊を慰和遷却し鎮めた霊を表す。 その御霊を祀って平穏を願う儀礼が御霊会(ごりょうえ)である。平安時代の御霊会は、疫病蔓延の原因が、嫌疑不慮の死を遂げた崇道天皇(早良親王)たち怨霊であるとされ、六柱の御霊が祀られた。注目すべきは仏教経典『金光明経』・『般若心経』の僧侶読経もあったことだ。神仏習合し、祟り怨霊への鎮魂供養がなされた。貞観5(863)年、寺院ではなく上下の御霊神社が創建された。御霊信仰、つまり非業の死を遂げたものの霊を畏怖し、これを慰和してその祟を免れ安穏を確保しようとする心情、信仰の発祥である。

では、なぜ神社だろうか?  菅原道真公も同じく神社、大宰府・防府から京都北野の 天満宮に祀られた。 少なくとも奈良時代には鎮魂供養のための寺院は存在した。

「供養」の言葉は日本書紀、敏達天皇紀と天武天皇紀にもすでに登場し、多くの寺院で鎮魂、追善供養を確認してきた。もちろん京都市中の寺院建立制限はあるが、そこには奈良時代とは違う事情がある。当時の仏教、密教とはなにか?に 答えはある。(中略)

ここに「循環思想」と「現利思想」の相違、それぞれの思想提示の意義がある。500年代中頃とされる公伝から間もない日本、飛鳥時代の仏教において「自分で観想する浄土」から、「他者の鎮魂」、「自らの氏寺、先祖供養」に拡大、定着する。 その背景には、神の変遷があった。農耕・漁撈・狩猟に関わる田の神、そして 祭司、支配のための神、朝鮮半島や反倭勢力に対抗し争乱から誕生した宇佐の八幡神。戦いの神への変遷拡大であった。 神 と 仏 は、その時々に応じ、その 役割を 変化させ、 分担 する。(中略)

もうひとつの京の夏、お盆の行事「五山の送り火」。 お盆は「盂蘭盆会」に由来する。 日本古来の風習として、1年に2度、初春と初秋の満月の日に祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事があったとし、初春が祖霊の年神として神格を強調され正月の祭となり、初秋が盂蘭盆会と習合し仏教的行事となったとする説がある。原初は樹木や自然石を依代とし、神格としては農耕神・祖先神と同一起源だと言われる 屋敷神 を想起する。先祖供養の源流として敷地の一角に祀られ、春に到来、秋に戻る、その時期に祭祀した。  


「祟りや祀り」は神主体で、「死の穢れ」は生者が主体である。その信仰を土台に、生者主体による死者の対処「鎮魂供養」が発祥した。(中略)

古代日本において、霊魂を タマ と呼び、魂・霊の漢字をあててきた。タマは人間の霊魂のみではなく、動植物などにも宿るものとされ、タマの遊離によって病気や死が

説明されており、タマの遊離を防ぐ 鎮魂(たましずめ)、それとは逆に体内で静止した霊魂を活動させようとする 魂振(タマフリ)などの儀礼が、宮中で盛んに行われてきた。

「安らかなる死者」と、「恨みで彷徨える死者」という「二つの死者認識」を前提に、古代からの神信仰と、祟り・怨霊への意識で共通する願いが「鎮魂供養」である。

背景には、恨まれているだろうと思う側の「 罪の意識、穢れの意識」が存在する。(中略) なにより、平安時代は その創始より「 他界 の 時代 」であった。(中略)

その深層を考えると、見えないチカラ、神の存在を 信仰した精神が 伏流する。 祖霊信仰 から親族・先祖供養へ、氏神から氏寺へ、死者全般に鎮魂供養されていく。

今日まで、虫・針・人形など 多様な供養 を 創造し定着させた国民は 日本だけである。「祖霊信仰」もまた 盆 や 彼岸の行事 などの形で 日本全国に普通に見られる 信仰 である。 

信仰思想 総体の構造化  日本史学・思想・哲学 神道学・仏教学、インド思想学・儒学(中国思想学)へ     日本 建築学・美術学 への 展開

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「京都検定から京都学へ」 概要.pdf
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京都文化構造学 のすゝめ 概要.pdf
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京都文化構造学 のすゝめ 日本神話と京都.pdf
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特別 編集  バージョン

 

 

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古墳時代から奈良時代
古墳から寺院へ 
鎮魂 と 怨霊  法隆寺と天満宮
古代河内  物部と住吉
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日本文化 と 泰澄大師
役小角と並ぶ 日本修験道 開創者 
日本文化における、その意義とは?
2017年 「白山開山 1300年」記念
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最近の研究発表・講座 論点・・・日本文化構造学による「 神仏と京都文化 」明解・・・  

 

京都教授研究会「知恵の会」 龍谷大学 大宮学舎  13:30 ~ 18:00

 京都大学OB、京都教育大大学・龍谷大 名誉教授方々 と、共通課題について 各自のテーマ・専門にて 研究発表

                          http://meiso22.nobody.jp/wisdom-a-1.html

 

                2017年3月19日(日) 課題「み 身・実」

                                        ・・・・ 終了

 

                   2017年5月28日(日) 課題「はやり歌」   

    当方 発表論 の 掲載               https://nakamuranina.jimdo.com/京都新発見-newperspective/

 

 

 都草・京の四方山ばなし     2017年4月1日(土)       ・・・・ 終了

                井筒八ッ橋本舗  京極一番街 14:00 

 

  意識して、日常は耳にしない神名や古典著書を引用、軽く質問を交え、聴講者の思考を刺激した。

  結果、好奇心・学習意欲を喚起、好評なご感想を多数いただき、続編も希望される。

  今後の講座、そして出版に向け、一般方々のマーケット調査として参考となった。

                

本件、井筒八ツ橋本舗  京都まちなか案内文化サロン「都草・京の四方山ばなし」について

井筒八ツ橋 本舗とNPO法人京都観光文化を考える会・都草が共催、京都市などが後援する市民講座です。

通常の観光情報では得られないお話を織り交ぜ、市民や観光客のみなさんに、京都の 魅力をお伝えする

市民講座として発足した。 http://www.miyakogusa.com/?news=nbs-30 

 2014年からスタートし、今年2017年で4年目となる。 京都新聞などでの告知もあり、 京都市民を主に、

継続的な聴講者も多い。 今回、その聴講者方々のご感想にもあるよう 稀有な観光的情報に加え、

文化サロン」として、京都や日本文化の総体を伝える首魁となった 

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古事記に表現された 実と身。 
隠身と物実、さらにマナイズムとアニミズムを探る
実・身(発表本文).pdf
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都草よもやま「神仏と京都文化」配布資料 .pdf
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